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坊:ケイ・マクドール
「ケイ殿。レン殿ではなく、私に話ですか?」 「うん、ちょっとした相談事。少し考えるところがあったもんだからね…」 「いいでしょう、お聞きしますよ。ただレン殿のことはお任せしますよ、何かとうるさいですから」 「うん、それは大丈夫……多分だけど」
終わりと始まり
「え、ケイさんが来てる…?」 今日の分の書類作業を終え身体を動かそうと鍛錬の相手を探していたところに、ビクトールとフリックの腐れ縁コンビがちょうど通りかかった。2人に声を掛けて了承を取り付け、自室に愛用のトンファーを取りに行こうとして、急にケイさんの事が頭に浮かんできた。ここしばらく会えていない事を思い出し、気付けば僕は会いたいと呟きをこぼしていた。僕の呟きを聞いて思い出したのか、そういえばとビクトールが漏らした言葉を僕はしっかりと聞き逃したりはなかった。 「…何だ、知らなかったのか?あいつならシュウの旦那に用があるとか言ってたけど」 「来たのは結構前だから、多分今頃シュウと2人で話してるんじゃないか?」 「ケイさんが…シュウに用?」 どうしてもケイさんとシュウという組み合わせが結び付けられず、僕は眉をひそめた。 ケイさんとは以前深夜に勢いでグレッグミンスターまで訪ねて行ったきり。もう少し時間が欲しいというケイさんに無理をさせず、ケイさんから答えを聞かせてもらえる日までとここしばらくは訪ねていなかった。それなのに今日はケイさんの方から訪ねてきてくれているという…今聞いた限りでは僕に会いにではなく、シュウに会いに…らしいが。 「しかし何でまたケイもレンには内緒に、なんて言ったんだろうな」 「わ、馬鹿!お前…」 「…僕には、内緒?」 ぽろっと言葉をこぼしたビクトールの口を慌ててフリックが塞ぎ、恐る恐るといった表情でこちらの様子を窺っているのが視線の端に見えたが、僕の頭の中はそれを気にする余裕を残してはいなかった。 「……ケイさんって年上趣味なのかなぁ?」 『は?』
そんなに気にするくらいだったら戒厳令を解いていっそのこと本人に会って来いと年長者からの助言とやらをもらい、シュウの部屋の前に来た。ケイさんとシュウが話をするのなら、同盟軍の正軍師とトランの英雄というお互いの立場上、軍主である僕を挟まずに人前でということはまず考えられない。だから困った事に2人きりになってしまう訳なのだが、そうなるとこの城でシュウのテリトリー内ということではこの部屋が一番密談に適している事になる。 「来ちゃったけど。どうしようかな……」 ドアの前をうろうろ、うろうろしてみるが、一向にここからでは中の様子は分からない。微かに漏れ聞こえる声から中に人がいるということは分かるのだが、誰が何を話しているのかまではさっぱりだ。ケイさんが中にいるという確信は持てなかったが、この部屋が最有力候補であることには変わりない。 「えぇい、ままよ!」 意を決してノックをすることも忘れ部屋のドアを開けると、そこには向かい合ってお互いを見つめているケイさんとシュウがいて、その上シュウの手がケイさんの肩に置かれていて…… 「…え、レン?」 勢い良く開かれたドアの音に吃驚とした顔でこちらを向いた久しぶりに見るケイさんの姿に癒されつつも、その横でこちらを呆れ顔で見ているシュウが…こちらを振り向くタイミングが偶然だろうとはいえ、図ったかのようにぴったりだったのが嫌だった。 「ケイさん!」 「うん?え、え?」 これ以上シュウとくっついている姿を見ていたくなくて、僕はシュウの目の前から奪うようにケイさんを腕の中に閉じ込めた。僕の腕の中でおろおろしているケイさんに心の中で謝罪しながら、僕はシュウを見て息巻いた。 「2人で一体何の話を?ケイさんはトランの英雄としてではなく、僕個人の友人として来てくれてるんだ。シュウ…何か失礼な事言ってないだろうな」 「ちょっ、レン?」 「……話はもう終わりましたので。ケイ殿も宜しいですよね?」 「あ、うん。シュウさん、ありがとう」 「いえ…宜しければついでにうちの軍主殿にも説明してやってくださると助かりますがね」 シュウの言葉に苦笑をかえすケイさん。…2人だけで分かり合っているようでこちらとしては非常に面白くない。 「…話は終わったのなら、もう行くから」 そう言い置いて僕はケイさんの腕を引いてシュウの部屋を出た。シュウの溜息とともにバタンとドアの閉まる音を背に、僕は足早に自室に向かった。部屋までの道中、無理矢理腕を引っ張っているに等しいがケイさんは黙ってついて来てくれた。
「どうぞ、入って下さい」 「うん、お邪魔します……って、レン?どうかした?」 僕はケイさんが部屋に入ってから後ろ手にドアを閉め、ケイさんを抱きしめた。どちらかというと、背後から抱きついたという方が表現としては正しいかもしれない。そうしてケイさんの肩に頭を置いた。顔が何となく上げられなかったからだ。 「………………」 「………あー、離してくれない、かな?」 「嫌です。……僕は、そんなに聞き訳が良くありませんから」 「…で、僕とシュウさんとに嫉妬してたり?」 「…久しぶりにお会いできたのに、僕にじゃなくてシュウに会いにきたって聞いたら……その上ケイさんが来てらっしゃる事を僕だけには内緒だなんて、何かあると思わない方が不思議です。ましてやケイさんもてるんですから…僕は気が気じゃないんです」 「大方ビクトールあたりから聞いたんだね……本当に口が軽いんだから」 少し溜息をついてから、ケイさんは僕の頭に手を伸ばしてぽんぽんと撫でてくれた。その手の優しさに、僕は少し顔を上げてケイさんの横顔を見つめた。 「僕は、君に会いに来たんだけど?シュウさんにはついでで用事があっただけ。もてる…っていうのは良く分からないけど。だから君に会いに来ようと思わなければ、シュウさんにも会う予定はなかったんだ。了解?」 「じゃあ…僕には内緒にしてたのは?」 「それは…僕がいきなり会いに行ってみて、吃驚させようと思ったからで…。吃驚させる前に知られてしまうとつまらないでしょ…」 そう言って少し照れくさそうに頬を染めるケイさんの顔をすぐ真横で見て、ようやく我に返った。思えば今僕はケイさんを後ろからしっかりと抱きしめていて、つまり密着なんてしてる訳で。その状態でこんな顔をされたら色々と…何だ、理性にも限界はあったりするのである。でもまだ離れたくなくて、せめてでもその顔を見ないで済むようにとよりぎゅっと抱きしめ再び頭を伏せた。 「……レン?」 「あ、あの…僕に、会いに来て下さったのでしたら……答え、聞かせてもらえるんですよね?」 「…あ、うん。僕は…」 ケイさんは深呼吸をして、僕の腕をやんわりとどけ、離れた。少し距離を開けてからこちらを振り返り、しっかりと僕の目を見て微笑み、口を開いた。 「僕はレンが好き、なんだと思う。だから、僕も戦わせて欲しい」 「え…と、ケイさん?戦うって、一体…」 聞こえてきたのは確かに今まで切望していたYESという答えではあったのだが、これまで頑なに同盟軍には必要以上には関わらない姿勢を取り続けて来た彼の口から聞くには意外な言葉であった。言葉の意味が良く分からず言葉に詰まっている僕の様子に、多少苦笑を混じらせてケイさんは言葉を続けた。 「僕は…君が好きだよ。だからこそ、君と一緒に戦いたいと思った。同盟軍に入れて欲しいって言ってる訳じゃないんだ、それは…やっぱりできないから。でも、ただ君の帰りを待っているだけなんてのもできないんだ。だから…何て言うのかな、ここにいられる『理由』が欲しい。その上で僕にできることって考えると…そうなった。君は僕を心から笑えるように変えてみせると言ってくれたけど、僕からも返したい……僕は君を守りたいんだ」 「それが貴方の答え、ですか?」 「うん…駄目かな」 「もしかしてシュウと話をしたのはそのことで…」 「その通り。そしたら『トランの英雄』の名に頼らなくてはならないほど、我が軍は落ちぶれてはおりません。レン殿の軍主としての力量を信じていますから。だからご心配なく…だってさ」 「シュウが、そんな事を…」 「なんだかんだ言ってる割には、ちゃんと軍師殿に信頼されてるじゃないか。軍師殿がそう言ってくれたから、僕は安心して戦争ではなく、君の戦いだけに関わることができる。戦争には関与するつもりはないからトランへの言い訳もできるしね、同盟軍にとっての『英雄』はあくまでも君じゃないといけないから。…なのにさっきは凄い剣幕で来て睨みつけてるし、軍師殿も可哀相だねぇ」 くすくすと思い出し笑いをされて、我が身を振り返ってみて…ちょっと恥ずかしかった。 「で、でも!ケイさんに関することだから、いいんです……万が一にでもシュウに取られたら嫌ですから…」 「シュウさんにって…僕を好きだって言う物好きって君くらいでしょ、それはないと思うよ?」 「…分かってらっしゃらないのなら、まあ良いですけど。他がどう想っていようと、ケイさん自身は僕を好きなんだって…伝えてくださいましたから」 「う……そ、それで…返事は?」 ケイさんが僕の言葉を待っている。今日まではずっと僕がケイさんの言葉を待ち続けていたのに、少し変な感じがする。待つって大変なんですよと思い出しつつ、僕はケイさんに答えた。 「正直に言うと…僕は貴方に、僕を守るためには戦って欲しくはありません。だからこう言います。僕の隣で戦ってください、ご自分のために。それならば喜んで、今度からは『一緒に来てください』ではなく『一緒に戦ってください』とお誘いに上がりますよ」 「うん………あんまり変わらない気もするけど」 「言いだしっぺはケイさんですよ、僕はそれに誠意を持って応えたまでです」 「うん、そうだね…ありがとう、レン」 「……そういえば先ほどから僕の事君付けされないんですね、どうしてですか?」 「今までのまま君付けしてた方が良かった?…僕の中で君はもう『君』ではなくなったから…呼んでみようかなって思っただけなんだけど」 今日は一体何回ケイさんに驚かされる事になるのだろう。もしかして一生分のツキを今日だけで使い果たしてしまったりはしないだろうか。とにかくそう疑わずにはいられないくらい嬉しかった、ケイさんは僕の事を対等な立場として見てくれているんだ…今まで君付けでしか呼ばれていなかったので名前で呼ばれるのはどこかまだくすぐったいけど。 「いえ!嬉しいです……僕もさん付けせずに名前で呼んでも構いませんか?」 「え?…うん、レンの好きに呼んでくれて構わないよ」 「それじゃ、その……ケイ……さん」 「さん、付いてるけど?」 「……また今度頑張ります、これからはきっといつでもこういう機会はあるでしょうから」 そう言って僕は改めて、今度は正面からケイさんを抱きしめた。ケイさんは僕の腕の中でも今までと違い困った様子はなく、むしろ嬉しそうに僕の背にそっと手を回し、あくまでも控えめにではあるが抱き返してくれた。たったそれだけの行為でも、ケイさんの方から返してくれたことがひどく幸せだと感じられ……僕は少し調子に乗ってみた。 「ケイさん、大好きです…」 「うん?…待……っ…」 僕はケイさんの頬に手を添えて、言葉とともに唇を重ねた。僕の行為に対し反射的に逃げるように引かれたケイさんの腰をもう片方の手でしっかりと支え抱きしめると、ゆっくりとではあるがケイさんの身体から力が抜けていくのが分かった。名残惜しげに顔を離すと、ケイさんは幾分上気した顔でこちらを見つめていて。 その赤い顔のまま、思いっきり頬をつねられた。 「い、痛いです!ケイさん、怒ってらっしゃいます…?」 「………何も………でしょ…」 「あの…済みません、良く聞こえなかったのでもう一度言ってくださいませんか?」 「………………」 ケイさんは小さく呟くばかりでつねられた理由が分からなかった。いや、原因は分かっているのだが。 「……ケイさん?」 「……何もいきなりすることないでしょって言ったの、莫迦!…そりゃあ駄目だって、訳じゃないんだけど……こんな時どうすればいいのか、分かんないし…」 「あぁ、ごめんなさい!……え?」 今まで聞いたことのないケイさんの大声に反射的に謝ってしまった。謝った後でケイさんの言った言葉を反芻してみると…凄い事を言われた気がするのだが。 「…何?」 気になってケイさんの様子を窺うと、ケイさんは憮然とした様子でこちらを睨んでいた。ただその睨み顔は耳までしっかりと赤く染まっていたのだが。 「…駄目ではないのでしたら、もう一度…キスしてもいいですか?」 「……いい、よ?」 「はい、嬉しいです…」 ぎこちなく頷いたケイさんに、僕は再び口付けた。2回目はケイさんも腰を引く事はなく、僕に身体を預けてくれた。少しずつ変化していくケイさんの反応に、僕も口付けを深くして返した。ともすれば走り出してしまいそうになる感情をゆっくりと吐き出しつつ、一歩ずつ踏みしめて前へ。 「…今日は泊まっていってくださいます?」 「…レンが御飯作ってくれるんなら、いい。………忙しくなかったらでいいけど」 僕の問いに微笑を浮かべ答えてくれるケイさんの気持ちを裏切らないよう、僕も精一杯の笑顔を返す。 「分かりました。それじゃあ楽しみにしていてくださいね、今日はケイさんのために腕によりをかけて作りますから。…今日はずっと一緒ですよ♪」
手に入れたからといってそこが終わりではなく、むしろこれからが始まり。 この先どうなるかなんてまだ分からないけど、これだけは確かだと言えること。 僕の進むこの道はもう1人で進むんじゃない、2人で前へと進んでいけるんだということ。 願わくば、この時がずっと続きますように…。
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